上履きにも地域差がある?興味深い昨今の事情

学校生活で子どもたちが日常的に使用している上履きには、さまざまな種類があります。
一般的には、白色で甲にゴムバンドが付いた「バレーシューズ」や、足をそのまま入れて履ける「スリッポンタイプ」のものが広く使われています。
一方で、昔ながらの草履やスリッパを上履きとして取り入れている学校も一部に存在します。
全国の学校を取材する中で、現在の上履きをめぐる多様な状況が明らかになってきました。
(※2025年7月19日 朝日新聞の記事を参考に要約しています。)

裸足に「草履型サンダル」子どもの足を育てる上履きだが・・・

6月16日、長野県塩尻市にある市立片丘小学校の教室を訪れると、朝の会に参加していた多くの児童が裸足で白い草履型のサンダルを履いていました。
小学5年の池田陸玖さん(10)は「夏はこれが普通で、涼しくて気持ちいいです」と話し、同じく5年の川口洵さん(11)も「靴下がなくて快適に過ごせます」と笑顔を見せていました。
このサンダルは正式には「草履式鼻緒サンダル『スクールサンダル』」と呼ばれています。
製造元のラッキーベル(神戸市長田区)によりますと、1990年に当時の校長が、児童の足の発達を促す上履きを作りたいという思いから、同社と共同で開発したものだそうです。
素材にはクッション性の高いゴム系樹脂が用いられ、鼻緒も肌に当たっても痛くなりにくいよう改良されています。
外反母趾の予防や土踏まずの形成、バランス感覚の向上などにも効果があるとされています。
この学校では、希望する児童が9月ごろまでこのサンダルを使用しており、給食当番や掃除、体育の時間などはシューズに履き替える仕組みです。
「肌が見えるのが気になる」「感触が苦手」といった理由から、従来の上履きを使う子もいるとのことです。
召田和美校長は「通常の上履きと併用しながら、これからも取り入れていきたいです」と話しています。
この草履型サンダルは、夏季限定で鳥取県倉吉市や湯梨浜町などの一部の学校でも使われていますが、ラッキーベルによると、災害時の避難に不向きだという理由で導入を見送る学校も増えており、生産数はピークだった20年前と比べて約3分の1にまで減少しているそうです。

見直される「スリッパ上履き」利便性と安全性のはざまで揺れる

広島県呉市の教育委員会によりますと、市内にある公立中学校25校のうち、5校が上履きとしてスリッパを使用しており、さらに2校ではシューズとの併用を行っています。
スリッパの利点としては、「足が蒸れにくく衛生面で優れていること」や「成長期の足に合わせて頻繁に買い替える必要がない点」などが挙げられています。
2024年度末の時点では、14校がスリッパを導入していましたが、近年では地震や火災などの災害時に安全面で不安があるとの理由から、9校がスリッパをやめてシューズに切り替えました。
現在スリッパを使い続けている5校のうち、3校は今後の使用について見直しを進めているとのことです。

校舎事情などを背景に上履きを使わない「一足制」も広がる

学校内でも外履きのまま過ごす「一足制」を導入する動きが、一部地域で進んでいます。
上履きを履き替える習慣を設けず、教室でもそのまま外履きで活動するという方針です。
東京都港区では、2024年度から区立南山小学校がこの方式を取り入れるなど、区立小学校19校中18校がすでに一足制を実施しています。
その背景には、校舎の敷地が限られており下足箱を設置しづらいことや、グラウンドが人工芝であるため泥や土の持ち込みが少ないことがあるとされています。
一方で、同区内で唯一上履きを使用しているのが青山小学校です。
1学年に1クラスと児童数が少なく、雨天時に濡れた靴で校舎に入ることへの懸念や衛生面・安全性の観点から、上履きの使用を続けているそうです。
校長の可児亜希子さんは、「上履きに履き替えることで、子どもたちが『ここから学校の時間が始まる』と意識を切り替える効果がある」と語っています。
また、神戸市でも一足制の導入が進んでおり、2023年度の時点で市内の小中学校の8割以上がこの方式を採用しています。
市教育委員会によれば、「児童生徒数に対して敷地が限られていることに加え、斜面地が多いため下足箱を設置する余裕がなかった」という事情や、「港町として欧米文化が入りやすく、土足のスタイルに馴染みがあったのではないか」といった見方もあるとのことです。

上履き文化の起源と変遷は?地域性と時代背景が反映

神奈川大学の砂本文彦教授(建築史学)によりますと、日本の学校で靴を脱ぐようになった背景には、明治時代に行われた廃仏毀釈の影響があるそうです。
この政策により使われなくなった寺院などが校舎として活用されるようになり、自然と靴を脱いで屋内に上がる習慣が定着したとされています。
当初は裸足や足袋で校舎内を過ごすのが一般的でしたが、戦後の高度経済成長期に入り、衛生面への配慮などから上履きの使用が広まったといいます。
砂本教授は、「上履きの使われ方には地域ごとの差が見られ、それぞれの地域文化や時代の流れ、社会の状況が反映されています。上履きの制度は絶対的なものではなく、これから先も社会の変化とともに形を変えていく可能性があるでしょう」と語っています。