子どもが不登校になる兆候を人工知能(AI)で把握しようとする試みが、学校現場で始まっています。個人情報の取り扱いには慎重さが求められるものの、「早期対応」による支援につなげられる可能性を模索し、関係者は試行錯誤を重ねています。
(※2024年3月27日 朝日新聞の記事を参考に要約しています。)
不登校リスクをAIで予測する試み、埼玉県戸田市立笹目小学校の取り組み
埼玉県の戸田市立笹目小学校で教頭を務める川上奈緒子氏は、パソコンの画面に表示された児童の名前が目に留まりました。「あれ、この子が?」と、不登校リスクが高いと表示されていたのです。担任教員に声をかけ、児童の様子を確認した後、事情を理解し「しっかり見守っていきましょう」と話し合いました。
川上教頭が使用していたのは、戸田市が昨年12月から市内の全18小中学校に導入した不登校予測システムです。戸田市教育委員会の横田洋和教育政策室長は、「少しでも早期に支援を行うため」とその目的を説明しています。
このシステムは、出欠情報、保健室の利用状況、学力テストの成績、タブレット端末で子どもたちが自己記録する日々の心身の状態といったデータをAIが分析し、不登校リスクを算出します。リスクは高い順に、赤、ピンク、オレンジ、黄色で色分けされ、視覚的に表示されます。
システムの閲覧権限は校長と教頭に限定されており、気になる児童が高リスクに分類された場合は、担任からの情報と照らし合わせて原因を探ることが可能です。
川上教頭は「一目でわかるのはとても助かります。普段の生活の中で支援につなげやすい」と述べる一方で、「実際に子どもたちの様子を見ながら声かけを工夫する点は変わりません」とも話しています。
このシステムは、教育商社の内田洋行とAI企業パークシャテクノロジーが共同で構築したもので、金融業界向けにパークシャが開発したリスク検知アルゴリズムが元になっています。保険の不正請求などの予兆を捉える手法が応用されたものです。
不登校予測システムと個人情報の慎重な取り扱い、戸田市の取り組みでは
戸田市では、客観的な根拠に基づく教育施策を目指し、子どもに関わる情報のデータベース化とその活用について積極的に議論を行ってきました。しかし、不登校予測のシステムは子どもの内面に関わる繊細な情報を扱うため、個人情報保護の専門家を含む有識者会議で慎重な議論が重ねられました。
2022年に策定されたガイドラインでは、不登校リスクの早期発見と支援をデータ利用の目的の一つとして明確にし、教職員の気づきを補助すること、差別的な取り扱いの禁止、内心の自由の保障などの重要な留意点を列挙しました。
また、保護者と子どもへの丁寧な説明も不可欠です。市教育委員会は学校を通じた通知などを活用し、収集するデータの内容や利用目的について説明を行い、保護者が利用を拒否できる「オプトアウト方式」により理解を求めました。実際にオプトアウトを選択した保護者はごく少数にとどまったとされています。
さらに、AIの予測活用に関する是非については、国内に十分な規則がないことから、法規制が先行している欧州連合(EU)のAI法を参考にしました。このAI法は、人権への影響に基づきAIのリスクを分類し、禁止または制限すべき利用法を規定しています。不登校リスクの指標化システムについても、このAI法に基づいて検討し、問題がないと判断されました。
学校におけるAI活用の可能性と留意点、専門家の見解は
AIサービスに詳しいデロイトトーマツの巻口歩翔氏は、「教員不足が深刻化する中で、学校におけるAIの活用はさらに進むだろう」と予測しています。その上で、AI活用に際して重要な二つの留意点を挙げています。
一つ目は、AIが提供する情報は「正解」ではなく、あくまで統計的な値であることを理解することです。戸田市のガイドラインにも示されているように、AIは人間の判断を支援するツールとして使用することが大切であると巻口氏は指摘しています。
二つ目は、社会の変化を考慮することです。AIは過去のデータに基づいて判断しますが、実際の社会は常に変化しており、その前提も変わる可能性があります。
巻口氏は「AIが赤と判断しない児童でも、先生であれば日常のささいな仕草から兆候を見抜くことができるかもしれません。データ化できない部分にこそ、人間が注力する意義があるのです」と述べています。